ヨーロッパの街並みと美しい季節の花々に囲まれた広大な敷地。「最高だった!」「空間も接客も一級品」「行くたびに進化していて楽しい!」といった数多くの口コミからは、お客様の満足度が高いことが窺えます。
今回は、日本を代表するテーマパーク「ハウステンボス」で、従業員と真摯に向き合うことから事業のさらなる成長へ向け基盤を固めた、代表取締役社長坂口克彦氏に直接その真意をお伺いしました。改革の経緯や目指す組織のあり方、現場での取り組みやその後の変化などを、弊社CHO丹羽との対談形式でご紹介します。
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ハウステンボス株式会社 代表取締役社長 坂口 克彦 氏
アイディール・リーダーズ株式会社 共同創業者/CHO 丹羽真理
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<ハウステンボス株式会社>
1992年3月25日、ヨーロッパの街並みをイメージした国内最大規模のテーマパークとして、長崎県佐世保市にグランドオープン。ホテルやブライダル、レストラン事業など多方面で展開。年間多くの来場者を迎える。2010年より株式会社エイチ・アイ・エスの傘下となるが、2022年9月にPAG HTB Holdings株式会社が株式100%を取得。企業パーパスは【「わたしが、本来のわたしらしい状態に戻れる空間」〜心のデトックス〜】。
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働く人を大切にすることは大真面目な経営手段
丹羽)坂口さんが、経営において「働く人の幸せ」を重要視するようになった背景にはどんなきっかけがあったのですか?
坂口)若い時から、何のために働くのかを理解して初めて目の前の仕事が楽しくなる感覚がありました。同時に、やらされる仕事がいかに働く人を幸せから遠ざけるかということに危機意識を持っていました。そんな自分の内に根付いた想いがスタート地点だったのだと思います。決定打となったのは、40代の時に、ウェルビーイング経営の実践者であった当時パナソニックの副社長をされていた平田雅彦さんと出会ったことです。働く人を大切にすることを経営の根幹とする考え方にとても感銘を受けたんです。現場で実践し業績が上がっていくのを見た時に、「これだ!」と思いましたね。一方で、働く人の幸福にフォーカスした経営なんて非現実的だと敬遠されることがほとんど。だからこそ、綺麗事だと思っている人たちの意識を変え、組織のポテンシャルを引き伸ばし、成果を出すことが、自分の働く目的であり価値だと信じてやってきて今に至ります。
丹羽)確かに、ウェルビーイング経営を絵空事だと感じてしまう人は少なくない印象です。平田さんに影響を受けて実践された現場でのご経験について、具体的に教えていただけますか?
坂口)前職では、業界トップのある商材を取り扱う部署で、赤字を黒字に転換させ、社長賞までいただいたことがあります。事業本部長に着任してすぐ、事業の整理などと同時並行で私が取り組んだのは、組織を構成する従業員の意識改革。当初彼らは、何をするにもやる気を感じられない様子でしたが、話し合いや調査・研究などの過程を通して、「何のために働くのか」「私たちがお客様に提供する価値は何か」といった基本的なことを一人ひとりが理解し意識できるようになっていったんです。組織そして個人の理念が明確になったことで、より良い商材をお客様に届けることができ、結果として利益や業績もついてきました。賞をいただいた後には、組織全体にポジティブな雰囲気が流れ、現場での自主的な取り組みや積極的な姿勢が見受けられるようになりました。従業員の笑顔も増え、業績も良くなる。こんな組織を増やしていくことこそ私の使命だなと再確認したドラマのような経験でした。
トップダウン型の組織における弊害
丹羽)坂口さんが、2019年にハウステンボスの社長に就任された当時、現場はどのような状況だったのでしょうか?
坂口)中に入ると早急な手立てが必要だと感じました。先の話に挙げた前職のメンバーと初めて会った時のように、目的や価値を見失って「家族を養うため」「仕事だから」と割り切って働いている従業員が非常に多かったんです。残念ながら、自分の家族や知り合いに胸を張ってハウステンボスを紹介できると答えられた人はほとんどいませんでした。
丹羽)坂口さんは、そのような現場の状況を知った上で、社長の打診をお受けになったのですか?
坂口)そうですね。お客様が笑顔になれる機会を創出するはずの弊社として情けないと思いましたし、本来ハウステンボスを好きで入社した従業員がもっとハッピーに働けるにはどうしたらいいか本気で考えたいと思いました。だから最終的には、過去の経験を信じて、自分がトップダウン型の組織から脱却させて、従業員一人ひとりのポテンシャルを伸ばしてやる!という思いで、引き受けました。
自分たちが納得したものだけを胸を張ってお客様にお届けしたい
丹羽)坂口さんが社長に就任されて以来、取り組まれてきたことを教えてください。
坂口)1つは、根拠に基づきロジカルに課題を解決していくためのマーケティングの強化。もう1つは、従業員との1on1面談の実施です。最終的に約400人と話をしましたが、そのほとんどが「自分の仕事に価値を感じられない」「本当はもっとお客様に胸を張れる仕事がやりたい」と思っていたんです。だから、まずは働く本人たちがワクワクできるようなサービスへの見直しを徹底し、『光のファンタジアシティ』や『白銀の世界』などの人気アトラクションやショーも、従業員が納得できるものになるまで補整を重ねた上でお客様に公開しました。予定していた費用や工期を大幅に上回ってしまいましたが、その分お客様からは高評価をいただいています。お客様に驚きと感動をもたらすこと、そしてそんなお客様を見て、従業員自身が働く目的や価値を再確認すること。それが、私たちハウステンボスの存在価値であり、1番大切なことです。
丹羽)本当にそうだと思います。自分たちが納得できるサービスをお客様に提供し、喜んでいただくという経験を通して、従業員の皆さんにも良い変化が起こりそうですね。
坂口)「自分たちがやりたいことをやろう」という風土が少しずつ醸成されてきているように感じます。例えば、弊社が少し前から行っている「半年間プロジェクト」に、自ら手を挙げて参加する若手が増えました。このプロジェクトは、実質半年にわたる研修のような位置付けで行っているのですが、マーケティングの基本を学ぶことから始め、前半でインプットした情報や知識に基づき、アイデアを提案してもらうんです。そして、中期計画を考える上で参考にさせてもらい、それぞれの意見が最終的に会社方針のどこに反映されているのかを彼らに向けてしっかりと説明するまでをワンセットにしています。
(オフィスエリアでは、特に伝えたいメッセージを毎月「強化月間」として掲げている。多様な取り組みを
地道に進めてきたこともあり、以前と比較して、従業員の「笑顔」が格段に増えたと言う。)
丹羽)会社の方針に自分たちの意見が生かされるというのは、トップダウン型の経営ではありえないですよね。プロジェクトに参加された有志の皆さんたちは、経営陣が自分たちに真摯に向き合ってくれたことで、きっとモチベートされたと思います。
坂口)確かに、その場の雰囲気は感動に包まれ、こんな経験初めてだと涙を流す従業員もいました。最近では、このような機会を積み重ねる中で、考えたり、発言したりすることに面白さを感じる人が増えてきている印象です。ハウステンボス全体が、現場の知恵が生かされる職場へと少しずつ進化していると実感しています。
丹羽)プロジェクトの他にも、従業員の意識改革に関わる取り組みは何か実施されましたか?
坂口)ハウステンボス内のレストランやホテル、ショップなど、担当の垣根を超えてみんなで団結してお客様をお迎えするための連携を目的とした「連動会議」の定例開催を始めました。それまでは、施設ごとに設定された数値目標が原因で、みんな自店の売り上げや自分の評価で日々頭がいっぱい。コンセプトもバラバラで、お客様目線の営業ができていませんでした。目標設定のあり方を見直し、ハウステンボス内にある施設全体としての数値目標に変えたこと、そして「連動会議」でみんなの目線合わせができるようになったことで、現在はスタッフが一丸となって会社の業績向上を目指せています。年6回のイベントの企画ももちろんみんなで考えていますよ。
(園内には、世界最大級のミッフィー専門店 体験型ショップ&カフェ「nijntjeナインチェ」や、日常を忘れさせる
デジタル×リアルが融合した没入体験ができる「光のファンタジアシティ」など、魅力的なコンテンツが溢れている)
「働き方改革」は従業員の信用を取り戻すための約束
丹羽)坂口さんといえば、働く人の幸せを軸に考えた「働き方改革」が有名ですよね。
坂口)私が着任した当時のハウステンボス内部は、昇給もなければ、離職率も高い水準のままで、働く人が幸せな職場だとはとても言えない状況でした。社長としてのミッションの1つでもあった「長崎県No.1の水準の職場」の実現を目指して、できるところから手入れを始めました。従業員の一親等以内の家族へ年間パスポートを無料で配布するとか、昇給や休日取得に関する制度改革とか。
丹羽)制度改革に乗り出した1番の理由は何ですか?
坂口)早急に、従業員の会社への信用を取り戻す必要があったからです。もちろん給与を県内トップの水準に近づけることで採用にもいい影響があるという見込みもありました。コロナ禍で減収減益の中ということもあり話がまとまるまで時間はかかりましたが、今では、2年連続で平均6%の昇給を約束していますし、休日も段階的に増やして当初よりも年間17日も多く取得できるようになっています。
丹羽)休日数は離職率や採用にも大きく影響しますが、テーマパークならではの難しさがありそうですね。坂口さんは、来年1月9日〜12日の4日間を休園する決断をされましたが、これも従業員が休暇を取りやすくするための環境整備の一環ですか?
坂口)その通りです。休園日を設けた以外にも、レストランに定休日を設けたり、多客期と閑散期で人員配置を調整したりして、みんなが交代で休めるシステムにしました。さらに、交代制で困らないために、ほとんどの従業員がマルチタスク対応ができるよう訓練済みです。私も、ベッドメイキングできますよ。
働く人を内発的にモチベートし続けることが成功への近道
丹羽)従業員が働く目的や価値を再確認できるような組織運営や、「長崎県No.1の水準」に近づくための働き方改革により、目に見える成果が得られましたか?
坂口)来場者数が増え、売り上げが上がり、業績がよくなりました。冒頭の平田さんの話に戻りますが、働く人にフォーカスした経営はやはり綺麗事なんかじゃなくて有力な手段であるということだと思います。また、ありがたいことに、お客様からお褒めの言葉をいただくことが格段に増えました。以前はご指摘で溢れていたんですが、最近はほとんどがポジティブなお声ですね。これは間違いなく、従業員が誠実にお客様に向き合っている証拠だと思います。「画一的な接客をする他のテーマパークと違って、スタッフ一人ひとりが違う形で全力でもてなしてくれて嬉しかった」というコメントをいただいた際には、胸に込み上げるものがありました。数字ばかりを追わせるのではなく、働く本人たちが家族や友人に誇れる仕事を追求していけば、その変化を通して想いはお客様に必ず届きます。実際に、私はこれまで、ハウステンボス以外の現場でも同じやり方で成果を出してきました。ウェルビーイングという言葉に懐疑的な人は、短期的な結果を求める前に、それがどのように業績改善に繋がるのか、まずはそのロジックを理解することが大事だと思います。
丹羽)本当にそうだと思います。我々も、ウェルビーイングは会社の成長に繋がる大きな要因だから向き合う価値があるんですよと散々お伝えしているのですが、まだまだ本意を受け取ってもらえないことが多いです。
坂口)一般的に、内発的動機づけを軸に考える経営者に対して、世間の評価は低い印象がありますよね。しかし、競争を煽るようなインセンティブなどの外発的要因だけに頼っていては、必ずどこかで弊害が出てきますよ。
丹羽)何より働く意味や目的を見失ってしまうのは大変怖いことですよね。内発的動機と成果を紐づけている御社では、どのように従業員を評価されていますか?
坂口)弊社の評価制度では、ハウステンボスのブランド価値向上において、数値が占めるウエイトを下げ、「何をして貢献したか」「どのように改善したか」「どれほど会社の知恵になるか」といった内容を重視しています。最初は批判もありましたが、正しいことをやっている人が適当な報酬や評価を得られる仕組みとして少しずつ受け入れられてきています。数値主義から脱却したことで、失敗があってもそれを伸び代として次に活かせるような組織になってきました。
丹羽)組織が変わると、言葉の選択もポジティブになりますよね。坂口さんが社長に就任されてから、パーパスを策定したりと積極的に動かれているのは、従業員の内発的動機づけのためですか?
坂口)そうですね。成果がはっきりと見えるまで時間はかかりますが、働く上で軸となるものがあれば、生産性向上、健康、離職率の低下に繋がります。すごく大事なものなのに、その重要性に気づけていない会社は勿体無いですよね。
丹羽)本当にそう思います。ハウステンボスの皆さんが、「家族や友人に誇れるかどうか」という判断軸を持たれているように、従業員が納得した上で仕事に向き合うための軸をどの企業にも持っていて欲しいと思います。同時に、従業員一人ひとりが、自分が働いている意味や大事にしたい価値観について考え、それを実践していくことも大事ですね。このようにして、内発的な動機を高め、幸せに働く人を増やすことが、企業の発展に直結するということを多くの会社に伝えていきたいと改めて思いました。