ティール組織で紐解くパーパス経営 〜ソース役に注目するパーパスの探求と実装〜

ティール組織で紐解くパーパス経営
〜ソース役に注目するパーパスの探求と実装〜

2022年3月23日、「ティール組織で紐解く日産自動車のパーパス策定」というテーマで、セミナーを実施いたしました。ゲストに日産自動車株式会社 経営戦略本部経営戦略室主管 小林利子氏、NPO法人場とつながりラボhome’s vi代表理事/東京工業大学リーダーシップ教育院特任准教授 嘉村賢州氏をお迎えし、ご講話いただきました。パーパス・ドリブンな経営の実現に必要な要素や、ティール組織の正しい仕組みの理解につながる概要をこちらの記事でご紹介します。

改めて、パーパス・ドリブン・経営とは?

セミナーの冒頭では、弊社代表取締役CEO永井より、テーマの前提となるパーパスの意味の確認や、パーパス・ドリブン・経営の概要についてインプットを行いました。

最近では、「パーパス」という言葉を様々な場面でよく耳にするようになりました。会社自体が目指すべきところとして宣言しているミッションではなく、自社がステークホルダーに対してどのような価値を提供するのかを表現しているパーパスへの関心が高まっているのは、企業が社会的に必要不可欠な存在になってきていることの証明です。

併せて話題となっている「パーパス・ドリブン・経営」とは、パーパス、つまり自社のアイデンティティと社会の接点が重なり合う部分を、経営の軸として明確に持ち、社内に共鳴させ、実装できている状態を指します

では、なぜ今「パーパス・ドリブン・経営」が注目されているのか。それは、パーパスを基点とした会社としての一貫性が生まれることで、働き手や顧客から選ばれる会社になるだけでなく、イノベーションが生まれ、結果として好業績につながることを期待できるからです。今回のセミナーでは、ゲストのお二人をお招きし、パーパスの意義やパーパス・ドリブン・経営におけるヒントを改めて確認していきます。

まずは、日産自動車株式会社小林氏よりパーパス策定から実装に至るまでの一連のプロセスについてお話いただきました。2020年9月に発表されたコーポレートパーパスについて、ボトムアップでパーパスを策定した背景や具体的なプロセスなど、パーパス・ドリブンを実現するためのヒントを様々な切り口でご紹介いただきました。

ひとりの女性社員から始まった、ボトムアップでのパーパス策定

日産自動車のコーポレートパーパス制定プロジェクトは、コーポレート市場情報統括本部の女性部長が音頭を取って実施した、日産を愛してやまない部課長級有志の女性数名による週に1回のランチから始まりました。最初はランチタイムに日産の存在意義や向かうべき方向について語り合う機会だったものが、次第に一緒に働いている40〜50 代の社員へのカジュアルインタビューや、日本のみならずアメリカ・中国・ブラジル・中東など世界中で働く20~30代社員へのインタビューへとつながっていきます。

すると、世代によって会社に対するイメージが大きく違うことが判明しました。40代~ 50代の入社理由はプロダクトの魅力に関する内容が多かったのに対し、20~30代の社員からは「量産EV車を日本で最初にリリースした企業で、世界の環境問題に貢献したいと思った」という声が聞かれたそうです。

こうしたヒアリング結果を生かし、社長への提案、プロジェクト化、2度の経営メンバー全員へのインタビューと半日ワークショップを経て、最終的なパーパス「人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける。」が策定されました。策定後もパーパスを単なるスローガンで終わらせずに、意思決定の基準や社内カルチャーとして根付かせるための社員による自発的な動きが生まれています。

 

(日産自動車のパーパス経営事例の詳細は、弊社書籍こちらの記事にて解説されています。ぜひご覧ください。)

ティール組織におけるパーパス

セミナー後半では、フレデリック・ラルー著『ティール組織』の解説者である嘉村賢州氏に、ティール組織の観点から「組織のパーパス」について解説いただきました。

「ティール組織」は、現代の企業が直面する、従業員の人間性の希薄化や、数値的結果を追求するあまりに生じる社会破壊などの課題を解決するための新しい組織のあり方として、フレデリック・ラルー氏により提唱されました。ヒエラルキーがない、ルールが少ないといった断片的イメージや、少数精鋭の企業にしかフィットしないといった誤解が一人歩きしている傾向にありますが、本質はそうではありません。「ティール組織」とは、組織運営の2大潮流である「ボトムアップ」と「トップダウン」を統合した”生命体”のような組織を意味しています

具体的には、チーム内の多様性を活かし人間らしい環境が整いやすいというボトムアップの要素と、リーダーが組織全体を率いることでパワフルな推進力が生まれるというトップダウンの要素、どちらの側面も備わっているイメージです。主に、「自主経営(セルフ・マネジメント)」「全体性(ホールネス)」「組織の存在目的」という3つの特徴で表現されます。特に3つめの「組織の存在目的」、つまり「パーパス」は、ティール組織を語る上で間違いなく重要な要素となるということで、今回はティール組織におけるパーパスという観点から解説していただきました。

パーパスとは「内側から湧き上がるエネルギー」

近年のパーパスブームにより、企業で謳われている「パーパス」には、多種多様なニュアンスが混在しています。例えば、ミッション・ビジョン・バリューの焼き直しに過ぎなかったり、かつてのCSR活動のような社会貢献の象徴的スローガンであったり、対外的に業種の隔たりなく結束を高めるための表現であったりします。しかし、これらは全て大切な観点であるのは当然ながら、フレデリック・ラルー氏が提言した「パーパス」の意味とは少し異なります。ポイントは、ベクトルの向く先です。フレデリック・ラルー氏は、パーパスを「内側から湧き上がるエネルギー」と定義しており、パーパスにとって大切なことは、対外的な表現ではなく、従業員一人ひとりの想いから生まれる働く意味や意義であると主張しています

例えば、アーティストが自分の作品を「ひらめきが降ってきた」と表現するように、企業活動においても、パーパスによって発言や行動が縛られることなく、それを自然発生的に受け入れる方が望ましいということです。この背景から、フレデリック・ラルー氏は従来型企業におけるパーパスの在り方に警鐘を鳴らしています。

数値的なパフォーマンスの最大化を目標として掲げ、企業の生き残りに注力しすぎてしまっていることや、パーパスを手段化しブランディングや採用をコントロールするための道具として機能させていることにより、本来耳をすませば気づける内的な意味や意義を見失ってしまう可能性があるためです。パーパスを文言化したことに満足し、盲従して終わりとならないよう、パーパスの本質を念頭に置いておくことが重要であるということでした。

働く一人ひとりが、自分・組織のパーパスを日々問い続けているか?

嘉村氏によるご講話の最後には、パーパス・ドリブン・経営を実現するヒントとして、働く上で意識すべきことをご紹介いただきました。働く一人ひとりが自分自身や組織のパーパスを日々問い続けているか、また、日々の仕事の判断基準としてパーパスが活用されているかを、常日頃から確認していくことが、パーパス・ドリブンな経営に繋がっていきます。ティール組織に限らず、「パーパス・ドリブン・経営」は、一人ひとりのやるべきこと、やりたいことを追求した先にあると考えるのが自然です。

メリットを享受したいからという理由で実装するのでは、フレデリック・ラルー氏が懸念している通り、「パーパス」を手段化してしまうことになります。いつか振り返った時に、パーパスドリブンな経営が成立していたとなるよう、本質的な目的に立ち返りながら働くことが求められるということを再確認しました。

また、セミナー終盤には、パーパス策定やティール組織に関するご質問をいただきましたので、いくつかご紹介します。

質疑応答

Q:「個人のパーパスと会社のパーパスが重なる」とは、具体的にはどのようなイメージでしょうか。

永井)重なっているイメージをより身近に感じてもらうために、私のパーパスの例をご紹介させてください。例えば、「平和とイノベーションを推進する」という私個人のパーパスと、「人と社会を大切にする企業を増やす」というアイディール・リーダーズのパーパスは、大部分が重なりあっていると思います。

というのも、従業員を大切にすることで組織を形成する一人ひとりにポジティブな影響を与え、その組織や社会全体に還元され、結果として平和やイノベーションが生まれやすい環境が出来上がると考えているからです。このように、自分や組織のパーパスについて独自の解釈を持ち、自分なりの意味づけができていると、パーパスが重なっていると言えるでしょう。

また「重なりをどう大きくしていくか」については、これは一朝一夕にできることではなく、丁寧に対話の機会を設けることが有効だと考えています。例えば弊社では、四半期の振り返りミーティングで、「会社のパーパスと個人のパーパスがどのくらい重なっているか」「どうすればもっと重なりを大きくすることができるか」について全員で対話する時間を設けています。

自分ひとりで内省するのも重要なことですが、パーパスを実現する・体現するためには、周囲の協力が欠かせません。どうすればもっとお互いのパーパス実現をサポートしあえるかについて、フラットに話す場があると良いと思います。また、パーパスについて対話することで、心理的安全性の高まりや、主体性向上によるイノベーションの創出にもつながります。

Q:パーパスは策定から共鳴まで順調だとしても、実装段階となると経営において副次的な存在になりがちな印象があります。何か解決できるヒントはありますか? また、ヒエラルキー的に意思決定を行わないティール組織の場合は、どのように実装まで実現するのでしょうか?

永井)私個人の見解としては、組織の目的に「生存」「勝ち残り」といったニュアンスを含むことが背景にあると考えています。とはいえ、実際の日本企業の現状として、大半はこの課題に直面していると思います。

現実的には、パーパスを経営に実装したいと考えている場合は、パーパスの重要性と同時に、従業員の声を経営層に伝えることが一番効果的です。企業の経営に携わる人ほど、自社に対して強い想いを持っているものです。従業員の声を幅広く聞く機会は、経営層にとって必ず刺激になり、実際に自社の経営にパーパスを反映していこうと思うきっかけになるはずです。

また、経営者の皆様が自分自身のパーパスに立ち返ることも、パーパスを経営に実装する上で非常に有効です。実際に、私がエグゼクティブコーチングを通じて経営者の皆様に伴走する中で、経営者の方ご自身のパーパスの重要性を日々実感しています。

小林)日産自動車の場合はまさに企業体としての「生存」の危機感を持った女性管理職たちによる草の根活動から存在意義の見直しが始まりました。このような危機がすべての企業に訪れるのを待つ必要はないのですが、一般的にはトップダウンなコミュニケーションが多い企業においては、一時的にボトムアップ形式を導入するのではなく、自然と社内のどこからともなく声があがる環境に、根本的にシフトしていく必要があると思います。

経営層が「パーパスを変える」という意思決定をしない限り組織の進化が停滞してしまうのはよくないので、従業員が声を上げやすい組織運営の手段を日頃から考え、実践を重ねていくことが大切だと思います。

嘉村)ご発言の通り、ティール組織は最終決断をヒエラルキー的に決めるのではないことが特徴の一つです。意思決定の仕組みの例として、クラウド・ファンディングに近い形で行っている組織があります。社員全員が一定額の投資権限をもっていて、一定金額を集めたものが新規事業として承認されるイメージです。経営層が決めるのではなく、集合的視座を活用します。万が一、結果が思うようにいかなかった場合でも、全員が関わった決断であるため、「仕方ない」と考え、学びとして受け入れることができる環境にあります。物事は会議室の中よりも、動き出してからの方が学びが多いと考えるのがティール的考え方なので、挑戦する前の段階で社内の誰かに最終決断を委ねること自体、求められない傾向にあります。

Q:ティール組織では、パーパス策定の過程において、広がった議論をどのように終着させるのでしょうか。

嘉村)ティール組織は、同じ目的意識を持った”生命体”であるため、組織内の意見の方向性は大きく外れないという前提があります。さらに、ティール組織特有の存在として、パーパスに関連する情報を敏感に捉え発信・共有している「ソース役」と呼ばれる人が組織に1人ずついると言われています。

直感的にパーパスへの影響や関連するヒントを把握できる人が、知らず知らずのうちに、チーム全体が「パーパス」を軸とした決断や動きができるように手伝っていると言えます。パーパスに対しても、あえて一つの文言に終着させてまで表現しようとはせず、ソース役を中心として対話を重ねることで自然収束していくイメージです。

永井)実際に私たちがパーパスの発見(策定)をご支援する時にも、対話を重要視しています。誰かがトップダウンで決め切ったり、安易に多数決で決めてしまったりするのではなく、策定プロジェクトに参加したメンバーで対話を重ねていくんです。

すると不思議なことに、深い対話ができるほど、誰かの意思決定に頼らず、全員が納得したパーパスに落ち着くことが多いですね。そうして発見された組織のパーパスは、策定後も意識し、大事に続けますよね。策定段階から、その後の共鳴や実装を想定しておくことは非常に重要です。

Q:これからの時代、企業活動を通じてパーパスを実現するためには、COOやCVOなど、役割と責任を分担する組織運営のあり方が効果的だと思っているのですが、みなさんのお考えはいかがですか?

小林)今の経営者は従業員とお客様だけではなく、グローバルに広がる取引先、関連会社、投資家、第三者評価機関などマネージするステークホルダーが多すぎる印象があります。そういった背景からビジョンを描いたりパーパスを探求したりする人、数値的なパフォーマンスをコントロールする人、会社の事業計画を統括する人、といったように分けた方が、それぞれの役割にコミットできて充実した組織運営が実現できると思います。

嘉村)小林さんがおっしゃる通り、1人の責任者が全てをマネジメントしようとすると、それこそパーパスなどの大事な要素も洗練されにくくなると思います。CVOが、ティール組織でいう「ソース役」としてメンバー間に共鳴をもたらす役割を担うことで、チーム全体の方向性を確認しながら、全員参加の運営がしやすくなると思います。

 

短い時間でしたが、ティール組織という新しい組織運営の形について、パーパスの視点からたっぷりとご解説いただきました。「パーパス」は、これからの日本社会においても、企業を支える軸として、重要な要素となっていくことを再確認できました。

改めまして、小林様、嘉村様に御礼を申し上げます。この度は貴重なお話をありがとうございました。

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