
メンバー全員が納得するまで議論を重ねた
パーパス策定プロジェクト
株式会社池田模範堂
株式会社池田模範堂
https://www.ikedamohando.co.jp/index.html
富山県で1909年に創業し、100年以上の歴史をもつ医薬品メーカー。虫さされ・虫よけ・かゆみ止め外用薬「ムヒ」シリーズをはじめとする医薬品の製造販売を手がける。日本国内のみならず、香港、マカオ、マレーシア、シンガポールでも製品を販売し、日本を含む東アジアや東南アジアの多くの地域で「ムヒ」ブランド(海外では「無比膏(MOPIKO)」は、かゆみ止め外用薬のトップシェアを誇る。
- 話し手
- 株式会社池田模範堂 常務取締役
池田 嘉寿人様
株式会社池田模範堂 MUHI Skin Research Center 研究所
桐越 沙和子様
株式会社池田模範堂 経営推進部
杉原 和憲様
株式会社池田模範堂 経営推進部
田近 淳様
※以下インタビュー記事内では敬称略で掲載させていただいております。
※この記事内の肩書き・役職は取材当時のものです。
- 聞き手
-
アイディール・リーダーズ株式会社
ご依頼の背景
池田模範堂様では、2019年に自社ブランドを再考するプロジェクトが発足。ブランディングの議論を進める中で、会社が目指す方向性であるパーパスの必要性を感じるに至りました。
経営層から現場社員まで、誰もが腹落ちできるパーパスにすることを大切にし、社内で勉強会や役員向けワークショップを行った後、プロジェクトメンバーによるパーパス策定ワークショップを実施。その後も社内で議論を重ね、当初のプロジェクト発足から5年近くもの年月をかけてパーパスを策定し、今後、いよいよ全社へ浸透するフェーズに入ります。
今回は、本プロジェクトの初期メンバーである池田様、桐越様、杉原様、田近様に、取り組みの背景や内容、成果や気づきなどを伺いました。
新たなパーパスを策定することになった背景を教えていただけますか?
製品ブランドを再考する議論を進める中で、会社の中核概念であるパーパスの必要性に気づいた。
当社では、2019年にパーパス策定のプロジェクトが発足しました。最初はパーパス検討ではなく、製品ブランドのあり方を再考するプロジェクトだったのです。ブランディングの議論を重ねる中で、当社には、会社としての「中核概念」がないのではないかという課題が浮かび上がりました。
中核概念とは何かを考えてみると、当社は何をしたいのか、どこに大切なものをもっているのかを言葉にしたパーパスではないかという話になりました。ブランディングをするにも、その上位概念であるパーパスが定まっている必要がありますから、それを策定しようとの議論になったのです。
パーパスを考えるにあたり、まず私たち自身がパーパスへの理解を深めたいと思い、アイディール・リーダーズに講演いただいたのが2020年のことでした。
次に、経営陣にパーパスの必要性を納得してもらうため、役員向けに個人のパーパスを考えるワークショップを実施しました。個人のパーパスを考えて人生観を自己認識してもらうことで、会社にもパーパスが必要だと実感してもらえることを期待しました。
役員向けワークショップは功を奏し、パーパスの必要性に納得してもらいました。役員からのリクエストは、次世代の当社を担うメンバーでパーパスを策定してほしいということでした。そこで、追加のプロジェクトメンバーとして、全部門から幅広い世代の社員を集めることにしたのです。
その後、2022年前半頃までは社内で勉強会を定期的に開き、プロジェクトメンバー全員で個人パーパスを考えたり、書籍を読んだりしながら、パーパスへの理解を深めていきました。
これだけじっくり時間をかけたのは、メンバーによって、パーパスへの理解度や必要性を感じる度合いがまちまちだったからです。ただ、今振り返ると、これから一緒にパーパスを作っていくための大切な期間だったと思います。
ワークショップでの気づきや、印象に残っていることはありますか?
パーパスを「綺麗事」にしないことを何よりも大切にし、プロジェクトメンバーのパーパスへの理解・納得度を確認するために、当初の予定を変更して対話を重ねた。
プロジェクトメンバーの皆さんに参加いただいてパーパスを発見・策定するワークショップを、2022年11月から4回行わせていただきました。
当初の予定では、月1回のペースでワークショップを行う予定でしたが、2回目が終わった時点で、3回目以降を延期しましたね。社内で、パーパスを策定する本気度を改めて確認したいというお話でした。
3回目のワークショップを延期したのは、このまま進めても、「作業」によってできあがったパーパスになってしまう恐れがあると思ったからです。
当社の社員は、最初から具体的なタスクに落とし込んで、短期目標に沿って物事を進める傾向があります。中長期的な視点で考えるべきであるパーパス策定においても、この特徴が垣間見られていました。
短期的に考える癖があるのは、当社は100年企業であり、「ムヒ」シリーズという人気商品に支えられてきたことにも影響を受けているかもしれません。
予定通りのスケジュールでワークショップを行えば、形式上のパーパスは完成したと思うのですが、できた瞬間から忘れ去られてしまうだろうと危惧しました。
当時のプロジェクトメンバーの様子を見ていても、パーパスを策定するというよりも、ワークショップの場で求められる振る舞いをしているように感じていました。
パーパス策定で何よりも大切にしたかったのは、「綺麗事」で終わらせないことです。いくら美しい文章を作っても、自分たちの気持ちが宿っていなければ意味はありません。機能しないパーパスができあがってしまう前に、3回目以降を延期する判断をさせてもらいました。
3回目を実施するまでの数か月間、社内でどのような話し合いがあったのですか?
このままパーパスを策定していって自分たちの魂は入るのか、パーパスによって何が変わるのか、会社はどうなっていくのか、といったことをだいぶ議論しました。自分たちで責任をもってパーパスを決めるのだ、という意思を皆がもつまで何度も話し合ったと記憶しています。プロジェクトメンバーの意思を統一できなければ、その後の全社浸透をできるわけがありませんから。
予定よりパーパスができあがる時期が後ろ倒しになりましたが、あの期間は、私たちに必要なものでした。
当時は、「パーパスの重要性は理解しているが、必要だとは思わない」と感じているメンバーもいましたが、こうした意見にも逃げずに向き合い続けていました。
パーパスができあがったら、会社が進む方向性を大きく変えていくことになる。それほどの決意をもって策定しているのだ、という姿勢を改めて全員で確認しました。
この議論を経て実施した3回目のワークショップでは、予定を変更して、永井さんからメンバーに、パーパス策定への思いを改めて問いかけていただきました。この3回目も、私たちに必要なプロセスだったと感じています。
パーパス策定に不安や迷いがない人は早く文章を考えたいと思っている一方、現場への浸透に不安を抱えている人もいるなど、気持ちにばらつきがあることが明らかになりましたね。
パーパス経営とは、パーパスの内容によって会社のあらゆるものが変わりうることだとお伝えしたところ、自分事に捉えていただけたように思います。
アイディール・リーダーズには、かなり臨機応変にプロジェクトを進めていただいたことに感謝しています。メンバー全員の理解醸成のために、丁寧に寄り添っていただきました。
そして、パーパスの実装フェーズにおける6つの領域を示していただいたことで、自分たちで考えたパーパスによって中期経営計画やプロダクト、人事制度も変わっていくのだとリアルな想像ができました。
抽象的、概念的な議論にハードルを感じがちな私たちが集まり、パーパスの議論をできたのは、永井さんのファシリテートのおかげです。
多くのメンバーがパーパス策定後の自社をイメージできたからこそ、4回目のワークショップには社長や経営推進部長も同席してもらった方がいい、という意見も出ましたね。
この一連のプロセスを経験したことで、プロジェクトメンバーに全社浸透への当事者意識が芽生えたように思います。
パーパスの最終案は、どのようにして決定したのでしょうか?
ワークショップで2案まで絞った後、社内での議論を経てパーパスを決定。「進化・未来型パーパス」にすること、社員がパーパスを深く理解できることを意識した内容になった。
4回のワークショップではパーパスを2案まで絞りました。その後、どのようなパーパスに決まりましたか?
「唯一無比のこだわりで 『心に残る喜び』を生み出し よりよい日常に変えていく」というものです。パーパスを全社へ浸透させていくことを見据え、副文も作成しました。副文では、パーパスや各キーワードに込めた想いを文章で表しています。こうした想いや意味合いも含めて社員へ説明し、理解してもらいたいと考えました。
ワークショップでは、パーパスには自社らしさや、社会に対する提供価値を含めようという話をしましたが、お伝えした要素がすべて含まれていますね。そして、自社のありたい姿を表す「進化・未来型パーパス」になっていると感じます。未来型のパーパスは、パーパスを起点にした変革につながりやすいのですよね。
未来型にすることは、社内で深く議論したポイントでした。具体的なタスクに落とし込むことを好む社員が多い当社では、パーパス策定においても、はじめのうちは遠い先の未来を見ることがなかなかできませんでした。
ですが、ワークショップで、当社にとって新しいアプローチで多くの気づきをもたらしていただいたおかげで、その後の社内議論でもじっくりと未来に目を向けられたと思います。
一連のプロセスを経て、プロジェクトメンバーにはどのような変化が見られましたか?
途中から加わったメンバーも含めて、パーパスを「作らなければいけない」という認識ではなく、会社の未来のために「作るべきだ」という思いをもてるようになったと感じています。
ワークショップの序盤で出されたパーパス案のほとんどは「未来型」ではなく「過去・現状型パーパス」の内容でしたが、未来を考える視点が養われていきました。
今となっては、パーパスの必要性や言葉の意味合い、会社の未来像について、全員が自分の言葉で語れるようになったと思っています。
長きにわたるパーパス策定プロジェクトを続けてきたモチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか?
パーパスによって社員のやりがいを育むとともに、地域から愛される会社であり続けたかった。
ここまで丁寧に、全員が納得するまで粘り強く議論する会社はめったにありません。私にとっても、印象に残る取り組みをご一緒させていただいたと思っています。
当社は同族経営であり、ステークホルダーから短期的な成果を強く求められるわけではありません。この経営環境を生かし、時間がかかったとしても誰も置いていかないという意識のもとでプロジェクトを進めていました。
パーパスの文言を練るフェーズでも、たとえば「心に残る喜び」は簡単には生み出せないものであるから「挑戦」という言葉を副文に入れました。また、「喜び」という言葉一つとっても、どんな喜びなのかをとことん考えましたね。
何年にもわたってパーパス策定に向き合い続けた情熱の源泉は、どこにあるのでしょうか?
私はやはり、同族経営として代々続く会社をより良くしたいという思いがあるからです。池田模範堂が長く愛される存在になることを、決して諦めたくなかったのです。
しかしながら、「変身への挑戦」という経営スローガンを掲げながらも、近年は新しいチャレンジに後ろ向きな意見もやや見られ、風土を変えていきたいと考えていました。
皆が同じ方向を目指して仕事をすることは、社員のやりがいを育み、成長につながります。楽しく仕事をすればクリエイティビティが発揮できますし、地域からも愛される会社になれると思うのです。
パーパスは、その一助に必ずなると考えていました。こうした決意があったので、プロジェクトメンバー全員が納得するまで対話を重ねてきたのだと思います。
各部門にいる私たちも、会社に対する何らかの欠乏感があったように思います。その正体が、パーパスだったのでしょう。パーパスの必要性を強く感じた当事者として、粘り強くプロジェクトに向き合えたのだと思います。
私は、仮にパーパスが消えてしまったら、自分の仕事である人事業務をどう進めていくのかがわからなくなりそうだと感じていました。
会社の大きな方向性であるパーパスがなければ、求める人材像も、人材育成の方向性も決まりません。だから、皆が納得するパーパスをどうしても策定したいと思っていましたね。
商品開発も、大きな軸がなければ何を目指してどのようなプロダクトを作るのかがわからなくなります。パーパスがなければ当社にいる意味を見出せなくなり、エンゲージメントが下がってしまうのではないかという危機感がありました。
そして、一緒に議論し続けた初期からのプロジェクトメンバーがいたからこそ、完走することができました。他のメンバーが諦めていたら、私も心が折れていたかもしれません。
今後の展望をお聞かせください。
全社にパーパスを発表した後、組織の上層部から浸透を進めていく予定。パーパスに沿った人材育成や風土改革にも着手していきたい。
現在、全社会議での発表を間近に控えています。全社への発表後は、策定したロードマップに沿った活動をしていく予定です。
まず着手したいと考えているのは、現在のビジョンやスローガンをパーパスに沿ったものに再整理した後、管理職への浸透を進めることです。組織の上層部から理解を促していかないと、組織のどこかで浸透が止まってしまうだろうと考えています。
パーパス浸透が具体的に動き始めると、人事制度の見直しも進めることになりますし、風土改革の必要性も生じてきます。パーパスを理解するということは、当社がどのような風土であるべきかを考えることにもつながりますから。
パーパスを軸にした風土を育み、人材育成をしていくという共通認識を管理職の皆さんと持てるよう、がんばっていきたいと思います。3年後の会社の姿がどうなっているのか、今から楽しみです。